2019-2020年越旅行 最終日その1 青の洞門・耶馬渓橋

最終日は本当に全くのノープラン。

朝食を食べ
ホテルをチェックアウトして、少しだけ日田の川沿いを散歩。

川の風景が素晴らしい

日田の観光地といえば豆田町ですが
前にも2回行ってるので、今回はパス。

青の洞門

微妙に帰る方向とは逆で
距離が少しあるけど耶馬渓・青の洞門へ行くことにしました。

40キロぐらい走って到着。

小学校の道徳の本で見た記憶があります
有名な話ですよね

江戸時代、荒瀬井堰が造られたことによって山国川の水がせき止められ、樋田・青地区では川の水位が上がりました。そのため通行人は競秀峰の高い岩壁に作られ鉄の鎖を命綱にした大変危険な道を通っていました。

諸国巡礼の旅の途中に耶馬渓へ立ち寄った禅海和尚は、この危険な道で人馬が命を落とすのを見て心を痛め、享保20年(1735年)から自力で岩壁を掘り始めました。

禅海和尚は托鉢勧進によって資金を集め、雇った石工たちとともにノミと鎚だけで掘り続け、30年余り経った明和元年(1764)、全長342m(うちトンネル部分は144m)の洞門を完成させました。

寛延3年(1750)には第1期工事落成記念の大供養が行われ、以降は「人は4文、牛馬は8文」の通行料を徴収して工事の費用に充てており、日本初の有料道路とも言われています。

中津耶馬渓観光協会

禅海和尚の銅像がありました。

川と山と岩のある風景。
紅葉の名所で時期になると賑わうらしい。

現在、車が通れるトンネルは明治時代に掘り直した物なのですが
当時のトンネルも一部は残っています。

階段を降りていくと

手彫りの壁が保存されていて
ノミで掘られた跡がはっきりと確認できます。

トンネル反対側の橋にも手彫りの跡が
奥に見える明り取りの穴は
掘り始めて最初に開けたものだということです

青の洞門は、明治39年から翌40年にかけて行われた大改修で、完成当初の原型はかなり失われてしまいました。

現在の青の洞門には、トンネル内の一部や明かり採り窓などに、当時の面影を残す手掘り部分が残っています。

中津耶馬渓観光協会

隣の耶馬渓橋へ

こういう看板も見つけたのでお隣の耶馬溪橋も

日本一の8連石橋らしい

大正12年竣工。

とてもキレイな橋でした。

川の流れに癒やされます。

お昼は昨日に引き続きうどん。
かき揚げにたっぷり豚肉が入っていて、メチャウマでした。

2019-2020年越旅行まとめ

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